「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。 心は燃えても、 肉体は 弱い」マタイ26:41

 皆さん、6月3日はイエスの聖心の祭日でした。この教会は イエスの聖心に捧げられた教会なので、ご一緒に イエスの聖心を侮辱をする者の罪の償いとしての祈りをしました。

 さて、先月 私は15人の信徒と共に 巡礼として 長崎と五島列島へ行きました。祝福された三日間でした。日本26人殉教記念碑の前で旧約の嘆きの壁を想像して 日本26聖人に 信仰の証に関して 感謝し、自分の回心と日本の回心の為に 祈りました。

言うまでもなく日々の祈りは 不可欠なものです。

○6月の「教皇フランシスコの世界共通の意向:連帯

たとえ世界の巨大都市にあっても、高齢となった人々、軽んじられている人々、孤独な人々が、出会いと連帯の機会に恵まれますように。

○福音宣教の意向:神学生と修練者

神学生たち、また修道生活の道に入った男子や女子の修練者たちが、福音の喜びのうちに生きるよい指導者に恵まれて、それぞれの使命にふさわしい準備ができますように。

○『そして』 日本の教会の意向:司教団のため

教会の交わりのしるしである司教団が、全教区一丸となって日本の社会に福音を告げるために、賢明な判断と大胆な行動の力が豊かに与えられますように」ということです。

 この教会で 毎月第二木曜日に 御聖体賛美式中 この祈りを心に留めて祈ります。シスター北爪悦子様は「戦争、テロ、自然災害、貧困など、 世界中に問題がある今こそ、聖体の前で 祈る必要を強く感じています」と カトリック新聞で 2016年5月1日に 証しました。三人の牧童ファティマの子供たちの前に聖母マリアが現れました。一人は フランシスコです。今 福者として認められています。ある時 フランシスコは 行方不明になった時、岩の後ろで祈っていて、 見つけられました。ある時、ルチアは、何を考えているかと尋ねられました。「僕は すべての罪のため 神様は悲しまれていると考えていた。神様を慰めてあげたら 幸いだ」と答えました。感動させられる話です。  祈らない人の代わりに祈ったら、ぬるい魂を救うのに役立つでしょう。一イエス様の聖心を悲しませない様に霊的に歩みましょう。

幼いイエスの聖テレジアは 宣教の保護者です。次の麗しい祈りの概念を作ってくれました。

「わたしにとって、祈りとは 心の(ほとばし)りです。天に 向ける素朴なまなざしです。辛い時にも うれしい時にも 天にあげる、感謝と愛の叫びです」と。

イエスの聖心よ、私達を憐れんでください。イエスの聖心よ、あなたに信頼します。

ペドロ神父 イエスの聖心の祝日を迎えて