「わたしは 罪をあなたに示し、咎を隠しませんでした」詩篇32:5

 カトリック教会では、5月は聖母月としています。イエス様は、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」ルカ8:21と 言われました。皆さん、イエスが 救いの歴史の中で マリアの役割を軽視して いると思いますか。とんでもないです。聖母マリアはみ言葉「御子」を宿しました。イエスの み母は 一番優れたイエスの弟子です。聖母マリアの取次に励まされて  赦しの秘蹟と免償の教えを深く再発見して 自分の罪を神様に示して 咎を隠しませんように。
 我々はカトリック伊勢崎教会として 色々な霊的な促しが与えられて来ました。例えば、維持費の大切さ、教会に属する強い意識を開発すること,教会の統合,ふさわしいミサに与る姿勢、動く教会になるなど。今年、王であるキリスト祭日迄に 特別聖年なので、私の信徒に私は、神様のいつくしみの源に近づき、個人的にも 共同体としても 神の限りの無い愛の経験をする機会を逃さないでほしいと伝えたいです。この教会で二つの「掟・愛・奉仕」の勉強会のグループが あります。今16人が参加しています。三回 免償の教えの意味を掘り下げました。この16人の方は免償の 教えと肌で経験したことをまとめて 5分のスピチーをしました。豊かなひと時に なりました。神に感謝!少しだけ 皆さんに 分かち合いの中で お伝えしたいと思います。ゆるしとは 神様に ゆるしをもらえますから、相手を ゆるしてあげるのは 当然です。信徒の交わりに 基づいて 他の人達の代わりに祈ります。神のいつくしみに与ります。免償の教義に ついて解らないところがあります。良い信者は 誰でしょうか。昔の神父の指導は分かりやすい。 ゆるし合う 共同体と社会になりましょう。教会を通して 免償を 得られる。告解をした後 罪の傷が残ります ので、免償が要ります。回心は プロセスです。反省するのは大事です。告解をして 罪を犯さないように約束しますが もう一度 罪を犯すだろう。人間の中には  罪への傾きがあります。前橋教会で 共同体として 聖なる扉を通ったら幸いです。 神様は愛です。心を失わないように。その後、注意深く いくつかの聖書箇所を 選びました。免償を理解するようにという部分が読まれました。例えば、大宴会のたとえ「ルカ14:15-24]、"愛は 多くの罪を覆うからです[一ペトロ4:8, "信仰の 実りとして 魂の救いを受けているからです"[一ペトロ1:9]など。
 今年は 全ての信者を赦しの秘蹟に近づかせるように努力したいと思います。皆、私も含めて不完全な者なので、告解をしないという理由の弁解は ありえません。ある 信徒は 私に言います。「ペドロ神父、私は 悪いことをしない」。私は「誠に良いことをしますか」と返事します。化けの皮を剥いで、ファリサイ派の人々の態度を捨てて  聴罪司祭のところへ行きましょう。告解の意識化を作りつつ、固い心を和らげ、冷たさをあたため、乱れた心を正す方の聖霊に自分の心を任せましょう!
ペドロ神父 2016年4月25日  聖マルコ福音記者の祝日