主よ, わたしがあなたを愛していることは, あなたがご存知です。

[主よ, わたしがあなたを愛していることは, あなたがご存知です]

ヨハネ21.15

国籍バザーでは、お疲れ様でした。三位一体の栄光の為でした。11月の大きな活動は 大司教様のご訪問「借金の完済の感謝のミサ」や総会ということです。心をこめて参加しましょう。

さて、今回の養成の部分は 倫理的良心です。"賢明「一つの枢要徳」な人間は、良心の声に耳を傾けることによって、神の声に従うことができます"。但し、良心は 照らされなければなりません。

1776「[人間は良心の奥底に法を見いだします。この法は人間が自らに課したものではなく、人間が従わなければならないものです。この法の声は、常に善を愛して行い、悪を避けるよう勧め、必要に際しては‥・・心の耳に告げます。人間は心の中に神から刻まれた法を持っているからです‥...・。良心は人間の最奥であり 聖所であって、そこでは人間はただひとり神とともにあり、神の声が人間の深奥で響きます」.

良心の判断1777 [人間の心に存在する倫理的良心は、時宜に応じて、善を行い悪を避けるよう人間に命じます。また、正しい選択を承認し悪い選択をとがめて、具体的にどのような選択をすればよいかを判断します。良心は最高善であるかたに準拠した真理の権威を明らかにします。人間はそのかたに引き付けられ、そのおきてを受け入れます。賢明な人間は、良心の声に耳を傾けることによって、神の声に従うことがでます。ま.

1778 倫理的良心とは理性の判断であり、人間はそれによって、自分が行うつもりであったり、現在行っていたり、すでに行ってしまった具体的行為の倫理的善悪を見分けます。人間はそのすべての言動において、正しいと知りえたことに 忠実に従う義務があります...                         

1779 良心の声を聞き、それに従うためには、一人ひとりの者が完全に自分自身に立ち戻る必要があります。わたしたちは生活のために反省や糾明、あるいは自分に立ち戻ることを忘れてしまう恐れがあるので、この内省はいっそう必要になります。

1781 良心は、行われた行為の責任を担わせます。人が悪いことをしたときには、良心の正しい判断が、当人に善の普遍的真理を示すと同時に自分が行った具体的選択の誤りを示し続けます...

1782 人間は倫理的決定を行うにあたって、良心に基づいて自由に行動する権利を持っています人は「自分の良心に反して行動するよう強制されてはなりません。それかといって、とくに、宗教の分野において、自分の良心に従って行動することを妨げられてもなりません」.

良心の形成 1783 良心は培われ、倫理的判断は照らされなければなりません。よく形成された良心は、正しくて誠実です。良心はその判断を、理性に従いながら、創造主の英知の望みである真の善に基づいて形づくっていきます。悪い影響を受けやすい人や、自らの判断を好んだり、権威ある教えを拒否するという罪の誘惑に陥りやすい人には、良心の教育が不可欠です。

1785 良心の形成にあたっては、神のことばがわたしたちの道を照らしてくれます。これを信仰と祈りとこをもって吸収し、実践しなげればなりません。さらに、キリストの十字架に照らしてわたしたちの良心を糾明しなればなりません。わたしたちは聖霊のたまものに支えられ、他の人々のあかしや助言に助けられ、教会が認可した教えによって導かれるのです.

良心に従って選択する1786 倫理的選択を前にした良心は、理性と神法とに基づいた正しい判断を下すことも、反対に、それとは異なる誤った判断を下すこともありえます.                            

1789 あらゆる場合に適合する幾つかの基準があります。-よい結果を求めて悪を行うことは、決してゆるされません。-「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイ7・12)という「黄金律」。-愛徳はつねに、隣人とその良心とを尊重することを前提とします。「兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるのは、キリストに対して罪を犯すことなのです。」(一コリント8・12)。「あなたの兄弟の妨げ、つまずき、やる気をなくさせる機会となるようなことはしないはうがよい」(ローマ14・21ブルガタ訳)。  

間違った判断 1792 キリストやその福音を知らないこと、人々からの悪い模範、情念のとりこ、良心の独立についての誤った考え、教会の権威やその教えを拒否すること、回心や愛の欠如などは、倫理的行為における判断を誤らせる原因となりえます。                            

1793...倫理的良心の間違いを正すように努力しなければなりません。                       

1794 「正しい良心が力を持てば、それだけ個人と団体は盲目的選択から遠ざかり、 客観的倫理基準に従うようになります」。                    

1802... 神のことばがわたしたちの道を照らしてくれます。これを信仰と祈りとをもって吸収し、実践しなければなりません。こうして、倫理的良心が形づくられていきます]]。

ペドロ神父